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猫の手を借りてステップ

たゆたう海月の日々あれこれ

ただの泣き言

できるだけ怒ったりイライラしたりしないで、まじめに人当たり良く努めていれば、それを誰かが見ていてくれて評価してもらえる。それってとても恵まれたことなんだなぁと今の職場に来て初めて理解しました。にこにこ愛想よくすればするほど何言っても大丈夫、何やらせてもいい、とエスカレートして、許容量超えてポンコツすると非難される。社内社外どちら向いてもそんなことばかりなので、最近とっても刺々しいです。

もともとのスタンスも自己主張しないで人に気づいてもらい待ち、ということなのでそれはそれで図々しいなと思うのだけど、今まで学生生活でもバイトでも就職先でも人に恵まれてきたのでわからなかった。こんなにがんばるほど墓穴が深くなる環境ってあるんだなぁ…過去の離職は完全に己の堪え性の問題だけども、現在ばかりはわたし頑張ってるよね!?みたいな気持ちが強いです。わーん。

 

ここに居続けるとほんとに変な耐性ついて性格が歪む…割り切って趣味にでも生きようと思うのに、気持ちが死んでしまって楽しむ余裕がない。そしてそんな風になる仕事を恨んでよけい行きたくなくて、イライラしてるからミスが増えるし、さらに気力が枯れる。まさしく悪循環!

正直お洋服どころではなくて、かろうじてお化粧くらいはしているけども、髪の毛も睫毛も全然メンテナンスに行っていない。もうそんなに時間もないのに、焦るなぁ。

ちょっとどうにかなってほしいです。

チャコット2017福袋

唐突にバレエの話。チャコットの10,000円福袋を購入したので、どこかでどなたかの参考になればと思って中身を載せてみます。

 

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タイツ(コンパーチブル)

レッグウォーマー(ネイビー)

Tシャツ(不思議な白鳥)

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レオタード(ブラック・日本製のレーヨンメイン素材)

レオタード2(ネイビー・中国製のポリエステルメイン素材)

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ショートパンツ(ブラック・紐なしフレア)

巻きスカート(ネイビー)

 

+お買い物券2,000円(2月末まで)

 

 

でした!買ってよかった!

お洋服の福袋って買わないのですが、バレエウェアに関してはこだわりが無くて選ぶのが苦手なので、逆にお安くでこれだけ揃うととても嬉しい。

福袋だと奇抜な色やデザインものが来てしまうのかなと思ってオンラインの予約を迷っているうちに終わってしまって、結局職場が近いので出勤前に店舗へ行ったところ、それぞれの袋に「ネイビー・ブラック」「ピンク・パープル」と色味を書いてくださっていて選ぶことができました。それでも「中身の確認はできません」と注意書きはでかでかと書いてあるなか、インシュロックの余裕分3〜5cmの隙間から指を突っ込んで中身を吟味されている光景にWoh…すごいや…

シンプルで色のくらいものならなんでも派としてはハズレが無くてほくほく。(Tシャツのデザインがじわじわくるけど)

 

 

ふだん人よりひらひらしているせいなのか、お稽古着はすっきりしているのが好き。黒とか濃色でスカートよりパンツ。形だけか!とならないように、体もちゃんと作らないとなぁ…

 

あけましておめでとうございます

日々日々あしたが来るだけでもしんどいのに、この大晦日の1年がやって来る感つらすぎません?

一本締め

記事の下書きはたくさんあるのに、まとめきれないまま年越しを迎えてしまった!書いているうちに考えがぶれてきたり上手く言葉にできなくなったり、ある程度きちんと文章にしようと思うと難しい。いえ特にたいしたことを表現しようと思っているわけではないのですけど。スマートフォンだと思考に入力が追いつかないのも途中でわけわからなくなってしまう原因のひとつで、かといってあまりパソコンに向かう時間もないしなぁ…

 

せっかくなので一年を締めます。

 

2016年はというと、びっくりするくらい印象のない年。何を思って何をしていたんだか全然憶えてない。2015年に始めたことをそのままに、煮詰めるでもなく惰性できちゃったなぁという気がします。そして年末に向かう雰囲気の中で、若い時間の終わりに急に焦りを覚えて、いま毎日冷や汗脂汗をかいているところ。どうしよう。

年末に重い話もどうかと思うけれども、今のところわたしは生きている意味や生まれた意味というものは全く無くて、偶然発生した生活を1日1分1秒塗り潰していかなければならないもの、そして終わっていくものだと思っている。そこに意味を求めるから不甲斐なさが辛いし、みじめになるのだと。そう考えているのですけど、ただあんまり自分自身できちんと取り込めていなくて、やっぱり非生産的な自分の存在にうんざりして落ち込む毎日。いっそ消えちゃいたい。

そういうのってただの弱い気持ちだということも、知ってはいるんですけどねぇ…強くなれんなぁ。

ただそういう毎日の中でもプラに会えたら心から感動して、少なくとも今生でこの人たちと生きられてることは間違いなく幸せなことだと思うので、本当に長いことプラに救われ続けているのでした。

 

現実逃避かもしれないけれど、今年を終えるに当たって結論としてはサラリーマンほんと向いてない。この年でなにも生み出す術を持たずになに言ってんだというところだけども、生産的なことをして生きたい。ので、来年はじっとせずにちょっとわがままをしてみようかと、今この瞬間は思っている。火がつくのが遅いんだよね!

憂うつ人間ながらも海月さんをはじめ、ツイッタなどでご縁を頂いた方々には素敵な気持ちをたくさんたくさんもらって、運はないけど人に恵まれる人間だと改めて感じました。大切な箱庭。これは絶対になくしてはいけないものだから、大事に持って、来年のお迎えを。

さて今日で一区切り。続きのようで続きじゃない明日はまたあとで。

 

 

3回めCats

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もっとたくさん行きたい!と見るほど好きになるCats。ずっと大阪で演っていてくれたらいいのになぁ。

今回の大阪公演では3回め観に行ってきました。

 

もともとは中の人(キャストさん)にはこだわりも興味もあまり持たなかったのだけど、宝塚でも四季でも何でもロックオン型の元同僚さんがキャストさんについて色々話してくれるのを聞いていて、初めてその辺りを意識して観た。そうすると、この俳優さんのマンカストラップの方が好きだなぁとか、今日はずいぶん柔和なランパスキャットだなぁとか、確かに好みのようなものがあって、おもしろかった。なるほどなぁ。(ちなみに元同僚さんはあまりにもある俳優さんに入れ込んで、四季の舞台以前の活動名やら動画やら探し出してきていた。すごかった)

 

バレエ的な美しい踊りをする猫さんが好きなので、ミストフェリーズやヴィクトリアを目で追っていることが多いのですが、今日は前述した柔和なランパスキャットがすごく目について!女性かと思うくらい柔らかな動きで、とっても美しかった。よそを見ていても目を奪われるくらい。今期でミストフェリーズをされたこともあるみたいなので、どこかで一度でいいから彼のミストも見てみたいなぁ。

でもメインのミストさんもちっちゃくて好きです。猫さんの中でも大きいマンカストラップ、タガー、スキンブル、黄色マキャに囲まれて1人だけ小さいのとかすごくかわいい。

 

端席でも前方だったので表情なんかがわりかしよく見えて、中でも演じている喜びみたいなものが飛び抜けて溢れ出ている俳優さんがいらっしゃって、そういうのって見ていても幸せだなぁと思った。まるっとみんなしあわせ。

あと周囲の平均年齢が恐ろしく高くて、そのせいなのか笑いのツボがぜんぜんよくわからなくて、おもしろかった。笑 わ、そこ面白いん?って。

 

次は2月。待ち遠しいなぁ。

ミシン的な

日記を書く、ということの難しさを思い知っている。日常が他愛なさすぎて。そういうものだとは思うんだけれど。

 

勤務先で社員の子が退職して、入れ替わりでアルバイトの子たちが何人か入社してくれたのだけれども、完全に退職と入れ違っての勤務開始だったので彼女達は右も左も分からず、そういう人と2人で社員2人でやっていた業務をこなさねばならない状態になって、もういっそ独りのほうが楽だった。早くも慣れてきて下さっているからとても助かるけれども、今までと負担が違いすぎてお駄賃上げてほしいです。

そのせいか急に全身筋肉痛になるタイプの高熱が出て、かれこれ一週間咳が止まりません。こういう普通の風邪で熱が出るようになったあたり、この1年で本当に体質変わったなぁと思って涙しか出ない。スポーツクラブも先月はいちばん月会費の高い、通い放題のプランにしたのに!後半それどころじゃなくなって損してしまった。かろうじてバレエは行ったけれども。

 

ブランクのほうが長い程度の再開でバレエのお稽古に行っているのですけど、趣味でバレエと言うと、わりあい高確率で「え、なんのために?」とたずねられる。たぶん、発表会に出るとかコンクールに出るとか、将来ある子どもの習いごとのようなイメージが強いのかなと思う。目的があってこそ、というか。スポーツクラブでウォーキングしている人に、その質問、しないよねぇ。

 すみませんね前途のないオトナで、と卑屈になりつつ、「それをやって、それでどうするの?」という目的意識って、バレエに限らず何にでも求められがちで、生きてて苦しい原因だよなぁと思う。ある程度育ってしまったら、あとは死ぬまでの隙間を埋めていくだけなのに、どうして理由やら結果やらが必要なんだろう?隙間を埋めるための時間が、自分にとって快いものであればいいだけなのにねぇ。

 

こころざし高く目標を立て、そこに達するべく精進してゆくのが正しいのだと思っていたけれども、意味なんて求めないでただ時間を縫い進めていくのだって同じことだとわかって、それから生きるのが少し楽になった。あとは大きな声に惑わされないように。そして少しでもやさしくなれたらいいね、と思う。

9・10月読んだ本

9・10月読んだ本

 

カラマーゾフの兄弟・下」ドストエフスキー/原卓也訳(再読)

「こころの処方箋」河合隼雄

「岬」中上健次

「樹影譚」丸谷才一

ティファニーで朝食をカポーティ/村上春樹

ロング・グッドバイ」チャンドラー/村上春樹

「コンビニ人間」村田沙耶香(文藝春秋9月号より)

 

9月の頭に思い立ってスポーツクラブに通い始めて、しばらく行かなくちゃ病だったので、本を読むより身体を動かしていました。体力が無さ過ぎて、あれもこれもができないので、少しだけ時間が惜しいような気持になって、変な感じ。色んなことは永い時間を埋めるためのもになのに。

あと時間のこととは別にまた、本を読むには意識がバラバラと纏まりを欠いていて、目が滑って読み進まなかった。

 

出てすぐに買って放ったらかしていた文藝春秋9月号をやっと手に取り、「コンビニ人間」を読みました。

すごく読み易い、というのがとっかかりの印象で、お話もおもしろかったです。笑えるのに全体的に気味悪くもあって、平易な文章と淡々とした起伏の物語の組み合わせがすごく現代という感じがした。(貧困な語彙!)小川さん以外の選考委員の方々の作風を私はあまり好きではないので、どうかなぁと思ったけれども、よかったです。

古倉さんほどでないにせよ、絶対的に自分は排除「される」側の人間だ、と思って生きてきたので、感情移入してしまいそうなところなのだけれど、当の古倉さんに感情というものがないので貰い受けるものがなく、読み手としてすごく宙ぶらりんにさせられる。そういう感覚と物語が調和していて、いい意味で気持ち悪かった。とはいえどこまでも日常のなかに含まれるいびつさ。日常を歪めてしまう異常さや不思議に回されるお話が好きなので、あまり読まないタイプだけれども、むしろこんなおぞましさを細切れにふんだんに抱えて廻る世界のほうがよほど恐ろしいよねぇとも思う。選考評しか読んでいないので、一般の評価がわかりませんが、私はわりあい好きです。

あと選考評を読んでいて、あひるのお話を読みたいと思いました。